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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)71号 判決

大阪市城東区今福南2丁目2番4号

原告

村上勝海

右訴訟代理人弁護士

木村五郎

臼田和雄

大阪市城東区中央2丁目13番23号

被告

城東税務署長 中澤光雄

右指定代理人

矢野敬一

外4名

主文

原告の昭和55年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定の取消を求める訴えのうち,納付すべき所得税の額456万9,200円及び過少申告加算税の額22万8,000円をそれぞれ超える部分の取消を求める部分を却下する。

被告が昭和57年12月15日付でした原告の昭和55年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定(昭和59年10月15日付の更正(減額)処分及び過少申告加算税変更決定による減額後のもの)のうち,総所得金額1,740万2,471円,納付すべき所得税の額453万6,500円,過少申告加算税の額22万6,800円を超える部分,昭和56年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち,総所得金額2,568万4,338円,納付すべき所得税の額889万1,500円,過少申告加算税の額44万4,500円を超える部分をそれぞれ取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は,全部原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和57年12月15日付でした原告の昭和54年分ないし昭和55年分の所得税の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定を取消す,訴訟費用は被告の負担とする,との判決。

2  被告

本案前の答弁として,主文第1項と同旨の判決,本案の答弁として,原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする,との判決。

二  原告の請求原因

1  原告は旭立電設株式会社の代表取締役を務める傍ら,個人で大立電工なる屋号を用い電気通信工事業を営み,かつ昭和53年1月頃から株式売買を事業として営んでいる者である。

2  原告が昭和54年分ないし昭和56年分の所得税についてした各確定申告,これに対し被告がした各更正処分(以下「本件処分」という。)と各過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。),これに対する異議申立と異議決定,審査請求と裁決の経緯,内容は,別表1ないし3記載のとおりである。

3  しかし,本件処分は原告の株式売買による所得を事業所得として取扱うべきであるのに雑所得に過ぎないと誤認してなされたものであるから違法であり,従ってこれを前提とする本件決定も違法である。

4  よって,原告は本件処分及び決定の取消を求める。

三  被告の本案前の主張

請求原因2のうち被告が原告の昭和55年分の所得税について本件処分及び決定をしたことは認めるが,被告はこれにつき昭和50年10月15日付で別表4記載のとおり更正(減額)処分及び過少申告加算税の変更決定をしたので,これに伴い原告が納付すべき同年分の所得税の額は456万9,200円(同表記載の差引納付税額124万0,200円と還付した源泉徴収税額相当額332万9,000円の合計額),過少申告加算税の額は22万8,000円となった。

従って,同年分の本件処分及び決定の取消を求める訴えのうち右各税額を超える部分の取消を求める部分は訴えの利益を欠くことになり,不適法として却下を免れない。

四  本案前の主張に対する原告の認否

被告の右主張事実は争う。

五  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実中,原告が昭和53年1月頃から行っていた株式売買が原告の事業であることは争うが,その余は認める。同2の事実は認めるが同3の事実は争う。

2  原告の係争各年分の総所得金額及び税額は別表5記載のとおりであり,その計算根拠は次のとおりである。

3  総所得金額

(一)  事業所得,雑所得

原告は事業所得の総収入金額,事業所得の計算上生じた損失の金額を別表6の原告の計算欄記載のとおりとして確定申告した。

被告は,後述するように原告の株式売買による所得を雑所得と認めたため,原告が確定申告書に添付して提出した書類に基づき申告にかかる総収入金額及び損失の金額を同表の被告の区分計算欄記載のように区分し,電気通信工事業の事業所得金額と株式売買による雑所得金額を同表記載のとおり計算した。なお,申告にかかる昭和54年分の事業税の額27万3,150円は,原告の株式売買による所得が雑所得となるので課税されることはなく,電気通信工事業による事業所得金額の計算上も株式売買による雑所得金額の計算上も事業税を経費とする余地がないため,区分計算から除外している。

(二)  利子所得,配当所得,給与所得

利子所得(昭和54年分を除く。),配当所得,給与所得の内容は別表7記載のとおりであり,その額は同表の支払金額欄(給与所得については給与所得金額欄)記載の金額である。なお,昭和56年分の利子所得は,別表6で区分計算した預金利子受取額(源泉徴収税額20%を控除した額)4万8,290円を控除前の額になおした6万0,362円のうち,定期預金の利子2万1,925円である。

(三)  総合長期譲渡所得

昭和55年分の総合課税の長期譲渡所得の金額は,原告が昭和47年に取得した福岡カントリークラブのゴルフ会員権を昭和55年6月19日株式会社西日本ゴルフサービスに350万円で譲渡したことにより生じたものであり,右譲渡価額から取得費287万7,000円と譲渡費用3万5,000円を差引いた譲渡益58万8,000円から特別控除額50万円を控除した額の2分の1に相当する4万4,000円である。

(四)  原告の株式売買による所得は雑所得であるから,その計算上生じた損失の金額は他の各種所得の金額から控除することができない(所得税法(以下「法」という。)69条1項,同法施行令(以下「令」という。)198条)。そこで,総所得金額は,事業所得金額(昭和54年分はマイナス),利子所得金額(昭和54年分を除く。),配当所得金額,給与所得金額,総合長期譲渡所得金額(昭和55年分のみ)を損益通算した別表5の①欄記載の金額となる。

4  課税総所得金額

課税総所得金額は,右総所得金額から申告にかかる別表5の⑧欄記載の所得控除額を差引いた同表の⑨欄記載の金額(1,000円未満の端数切捨て)である。

5  税額控除等

配当控除は配当所得金額と課税総所得金額に基づき法92条を適用して計算した別表5の⑪欄記載の金額である。

特別減税額(昭和56年分のみ)は昭和56年分所得税の特別減税のための臨時措置法(同年法律90号)3,4条に基づく同表の⑬欄記載の金額である。

なお,源泉徴収税額は同表の⑭欄記載の金額であり,その内容は別表7記載のとおりである。

6  以上によれば,原告の前記課税総所得金額に対する差引納付税額は別表5の⑮欄記載の金額となるが,原告は各年分の所得税につき法120条1項6号に掲げる金額を記載した確定申告書を提出し,別表1ないし3の確定申告源泉徴収税額欄記載の金員の還付を受けたものであるから,右差引納付税額と還付を受けた額の合計額として,昭和54年分は364万1,200円,昭和55年分は456万9,200円,昭和56年分は909万2,500円(いずれも100円未満の端数切捨て)を納付すべきであり,従って本件処分(昭和55年分については前記減額更正後のもの。)には何ら違法はない。なお,昭和56年分の本件処分における総所得金額,差引納付税額は被告主張額の範囲内である。

また,本件決定(昭和55年分については前記変更決定後のもの。)は更正により納付すべき所得税の額を基礎に国税通則法(昭和59年法律第5号による改正前のもの,以下同じ。)65条1項により計算した別表5の⑯欄記載の額を賦課するものであり,原告には本件処分を受けたことにつき同条2項にいう正当な理由がないから,右決定にも何ら違法はない。

7  原告の株式売買の回数,株数は,原告の後記主張にもあるように昭和54年が274回,554万8,750株,昭和55年が239回,387万2,000株,昭和56年が194回,254万2,385株であるので,法9条1項11号イ,令26条により,右売買によって生じた所得は所得は有価証券の継続的取引から生ずる所得として所得税の課税対象となるところ,右所得が事業所得,即ち法27条1項,令63条12号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するかどうかは,令63条に掲記された具体的業種等をも参照した上,諸般の事情を考慮して,社会通念上営利を目的として継続的に行われる事業と認められるかどうかにより決すべきである。そして,その判断に際しては営利性・有償性の有無,継続性・反覆性の有無のほかに,事業としての社会的客観性の有無が問われるべきであり,この観点から当該取引の種類,取引における自己の役割,取引のための人的・物的設備の有無,資金調達方法,取引に要した精神的・肉体的労力の程度,その者の職業,社会的地位等の諸点を検討する必要があると共に,相当程度安定した収益が得られる可能性がなければ事業としての社会的客観性を認めがたい。

原告は生活の資を旭立電設から得ていた者で,株式売買を行うための事業所は設置していず,特別の従業員を雇用していたわけでもなく,本業の傍ら片手間に株式売買をしていたに過ぎない上,その全取引のうち投機性の強い信用取引の占める割合は極めて高く,継続的に相当程度安定した収入を得られる可能性に乏しかったのであって,このことは原告が行った株式売買の実績にも如実に現われている。従って,原告が行う株式売買は所得税法上の事業に該当しないといわざるを得ず,雑所得を生ずべき業務に該当すると解するほかはない。

六  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  被告主張の2の事実は争う。

同3の(一)の事実中,前段は認めるが,後段は争う。

同3の(二)の事実中,利子所得給与所得の内容と金額は認める。配当所得については丸大食品,協和電設分は否認するが,その余の内容と金額は認める。右両社の株式は旭立電設の所有であり,配当金は同社に帰属している。

同3の(三)の事実は認めるが,(四)の事実は争う。

同4の事実中,所得控除額は認めるが,その余は争う。

同5の事実中,配当控除額は争い,特別減税額は認める。源泉徴収税額については丸大食品,協和電設分は争い,その余は認める。

同6の事実中,原告が被告主張の確定申告書を提出し,被告主張の金員の還付を受けたことは認めるが,その余は争う。

同7の事実中,原告の株式売買の回数,株数は認めるが,その余は争う。

2  原告が行った株式売買の回数,株数は別表8記載のとおり,その資金調達先は別表9記載のとおりであって,取引高は年間約15億円に達し,信用取引だけでなく現金取引もかなりあり,資金も一般金融機関からの借入が相当額を占めている。また原告は株式売買を行うための物的設備として,旭立電設内の社長室に証券会社との専用電話とレシーバー,株式市場専用の短波受信機,携帯用株価コンピューター,ファックスを設け,各種株式情報雑誌新聞を取寄せて情報を収集整理記録しているのであって,その詳細は別表10記載のとおりであり,1日平均6時間20分を株式売買のために充てて多大の精神的労力を費している。このような仕事は旭立電設の代表者の職務の傍ら片手間でできるものではなく,原告の株式売買は令63条にいう「対価を得て継続的に行なう事業」に該るというべきである。

3  仮に原告の株式売買による所得が雑所得とされるとしても,継続的な株式売買は年間を通じた総合計での収支を考えるべきであるから,継続的売買中の損失分については所得の必要経費とすべきである。

4  以上の主張が理由がないとしても,原告が株式売買による所得を事業所得として申告したのは次のような被告の行為を信頼したからであり,原告には何ら責められるべき事情もないから,本件処分及び決定は信義則違反として違法である。

(一)  原告は昭和53年分の所得税の確定申告でも株式売買による所得を事業所得として申告したが,被告はこれにつき更正処分をすることなく是認している。右申告は原告が株式売買を始めてからの最初の申告であるから,被告においても慎重に検討を加えたはずであり,更正処分をしなかった被告の態度を原告が信じたのには無理からぬ点がある。

また原告は右申告に基づいて昭和54年度に大阪府から事業税を賦課されたが,これは被告が原告の株式売買による所得を事業所得と確認して関係書類を府税当局に回付したからにほかならない。

(二)  原告は係争各年の所得税について源泉徴収税額の還付を受けているが,還付については原告の申告を相当とする被告の判断がなされたものと信ずるのが当然である。

(三)  原告は昭和53年分以降の申告書に株式売買にかかる計算書を毎回添付してきたから,原告の収支合計金額に占める株式売買の売却益,売却損の各割合が高く,株式売買が原告の事業の支柱になっていることは一目瞭然であった。また昭和55年3月には個人の雑所得については必要がない株式評価方法についての届出を被告担当官の指導により行っているが,右のような指導があったことも原告が本件申告を正当と信じた理由である。

(四)  旭立電設は昭和54年5,6月頃被告担当官による税務調査を受けたが,右調査は同社の法人税調査のほかに代表者たる原告個人の所得税調査をも伴っていたのに,被告から原告に対し何等の指導もなされなかった。

七  原告の主張に対する被告の認否及び反論

1  原告主張の2の事実中,原告の株式売買の回数と株数,資金調達先は認めるが,その余は知らない。

同3の事実は争う。右は誤解に基づく主張である,

同4の(一)の事実中,原告が昭和53年分の確定申告で株式売買による所得を事業所得として申告したのに対し被告が更正処分をしなかったこと,原告が昭和54年度の事業税を賦課されたことは認めるが,その余は争う。

同4の(二)の事実中,被告が係争各年の所得税につき源泉徴収税額を原告に還付したことは認めるが,その余は争う。

同4の(三)の事実中,原告が昭和53年分以降の申告書に株式売買にかかる計算書を毎回添付したこと,昭和55年3月に株式評価方法についての届出を行ったことは認めるが,右届出が被告担当官の指導によることは否認し,その余は争う。

同4の(四)の事実中,原告主張の頃に被告担当官が旭立電設の法人税調査を行ったことは認めるが,その余は争う。

2  原告の昭和53年分の所得税が申告どおり確定しているのは,更正についての法定期限の経過により法が付与した効果に過ぎず,このことと原告の所得内容に対する被告の認識判断とは関係がないから,被告が更正処分をしなかったからといって原告の株式売買による所得を事業所得と認めたことにはならず,右所得が事業所得として確定したことになるものでもない。また仮に更正期間内であったとしても,原告の同年分の申告内容は株式売買につき利益を生じていたというものであり,課税総所得金額又は所得税額に何ら変更はないから,事業所得と雑所得との所得分類の差異を理由に更正することはあり得ない。

また事業税の賦課徴収は,府税当局が所得税の確定申告書を閲覧した資料に基づき府独自の判断の下でなされるのであって,申告書の選別回付等被告の判断が入り込む余地はない。

3  申告納税方式をとる所得税にあっては,納付すべき税額は納税者の申告があれば税務署長が更正する場合を除き,申告によって確定するのであり,一方源泉徴収税額の還付は未納付額の有無の確認のほか,不正還付を防止するために行う書類の形式面の点検等を経てなされるが,いずれも形式的な確認手続にとどまるものであって,その際に実質的な当該課税標準,税額等の内容の相当性の調査まで行うことにはなっていない。

4  原告が申告書に添付して提出した株式売買損益計算書に記載の株式の売却益,売却損と大立電工の工事収入,支払費用とはそれぞれ性質を異にするから,両者を単純に合算しても意味をなさず,また性格の異なる株式の売却収入と請負収入を単純に比較することも無意味である。更に原告が株式売買により多額の資金を運用していたとしても,そのことをもって直ちに株式売買が事業としてなされていた根拠となるものではないから,右計算書から株式売買が原告の事業の支柱であることが一目瞭然ということは到底できない。

なお,原告が提出した株式評価方法についての届出の内容が雑所得に関係のないものであることを被告が看過していたとしても,その故をもって被告が信義則違反に問われる理由はない。

5  旭立電設の法人税調査に際し被告担当官が原告に対し事情聴取を行ったのは,同社が同族会社であるため法人税法132条1項の適用判断に資するためと,同社の代表者であり株主でもある原告の立場上,同社の取引先に対して行う反面調査の一環としてであるに過ぎない。

6  右のように原告の信義則違反の主張は誤った前提事実ないしは単なる憶測に基づくものであって失当であるだけでなく,本来信義則を公法上の権力関係の分野に適用することは困難であり,仮にその適用があるとしても,これを適用するためには課税庁の何等かの明示の行動があり,納税者がこれを信頼していたという具体的事実が存在することが必要であって,単に課税されていないという事実状態が継続していたに過ぎないことをもって信義則にいう相手方の信頼の原因たる行為に該当するということはできないから,いずれにしても原告の右主張は失当である。

八  証拠関係

本件記録中の書証目録,証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  被告の本案前の主張について

被告が原告の昭和55年分の所得税について本件処分及び決定をしたことは当事者間に争いがないところ,成立に争いがない乙第1,2号証によれば,被告はこれにつき昭和59年10月15日付で利子所得の源泉徴収税額の控除もれ分の追加控除と計算誤りを訂正するため別表4記載のとおり更正(減額)処分及び過少申告加算税変更決定をしたことが認められるから,これに伴い原告が納付すべき同年分の所得税の額は同表記載の差引納付税額 124万0,200円と還付ずみの別表2の確定申告源泉徴収税額欄記載の金額相当の332万9,000円(1,000円未満の端数切捨て,右還付があったことは当事者間に争いがない。)の合計456万9,200円,過少申告加算税の額は22万8,000円となった。そうすると,同年分の本件処分及び決定の取消を求める訴えのうち右各税額を超える部分の取消を求める部分は訴えの利益を欠くに至ったというべきであり,不適法として却下すべきである。

二  原告が旭立電設の代表取締役を務める傍ら,個人で大立電工なる屋号で電気通信工事業を営んでいること,原告が昭和54年分ないし昭和56年分の所得税についてした各確定申告,これに対し被告がした本件処分及び決定,これに対する異議申立と異議決定,審査請求と裁決の経緯,内容が別表1ないし3記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。

三  原告が前記業務のほかに昭和53年1月頃から株式売買を行っていたこと,原告が株式売買による所得を事業所得に算入して,係争各年における事業所得の総収入金額,事業所得の計算上生じた損失の金額を被告主張額のとおりとして確定申告したこと,原告の株式売買の回数,株数が別表8記載のとおりであることは,当事者間に争いがないから,右売買によって生じた所得は有価証券の営利を目的とした継続的取引から生じたものとして,法9条1項11号イ,令26条により所得税の課税対象となることが明らかであるが,右所得が事業所得に該当するかどうかについて検討する。

法27条1項によれば,事業所得とは農業,漁業,製造業,卸売業,小売業,サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいい,令63条は事業の範囲につき各種の具体的業種を掲記した上,上記のもののほか「対価を得て継続的に行なう事業」と定めている。しかし,何をもって事業というかについては具体的な定義をしていないから,右掲記の具体的業種以外の特定の取引が事業に該るかどうかは,右業種の内容等を勘案しながら一般社会通念に従って決するほかはなく,その判断に当っては,営利性・有償性の有無,継続性・反覆性の有無に加え,事業としての社会的客観性の有無を検討すべきであり,そのためには当該取引の種類取引におけるその者の役割,取引のための人的物的設備の有無,資金の調達方法,取引に費した精神的肉体的労力の程度,その者の社会的地位,職業,生活状況等のほか,当該取引によって相当期間継続して安定した収益を得られる可能性があるかどうかについて考察する必要である。

四  そこで,かかる観点に立って検討するに,成立に争いがない乙第3ないし第5号証,第8ないし第12号証,第15ないし第18号証,第22,23号証,原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第11号証,同尋問の結果により昭和60年1月15日に旭立電設社長室内の事務機器,新聞雑誌その他の資料類を撮影した写真であると認めうる検甲第1ないし第10号証,証人水野俊生の証言,原告本人尋問の結果を総合すると,次の事実が認められる。

1  旭立電設は昭和37年に設立された電気通信工事業を営む会社であって,親会社の協和電設からの受注工事を取扱い,資本金は昭和54年まで8,000万円,昭和55年からは1億円,係争各年当時の年間売上高は約1億1,000万円前後,従業員数約140名程度であり,大阪市内に本店,福岡と広島に支店出張所を有し,国内だけでなく海外でも工事を受注しているが,係争各年当時は原告の身内の持株が過半数を占める同族会社であった。

また大立電工は協和電設以外からの受注工事を担当するため原告が昭和46年5月頃に開設した個人事業であり,なお原告は協和電設の技術部門担当者として昭和55年頃まで同社に出向していたこともあるが,これらはいずれも付随的な業務であり,原告の主たる収入源は旭立電設代表取締役としての報酬と同会社株式の配当である。

2  原告は昭和53年1月頃から旭立電設の職務の傍ら,利殖を目的としてかねて関心を抱いていた株式売買を始めるようになった。原告が株式売買の注文や必要な情報資料を入手整理をする場所は旭立電設の社長室であり,昭和53年には同社の加入電話1本を転用し,これにレシーバーを付属させて証券会社との通話専用とし,昭和56年には短波放送の株式市況専用受信機1台を購入して社長室に常置し,また当初から日経新聞,月刊株価便覧,チャートブック(月刊と週刊)等の雑誌を初め,証券会社発行の週刊株式情報誌数種を定期購読している(なお,昭和58年には株価計算用にポケットコンピューター1台を社長室用に,昭和60年には更に1台を携帯用に購入し,また昭和58年からは旭立電設設置のファックス装置を借用して証券会社からの株価情報を1日2回受信している。)。

原告は出勤日には毎日これら機器,情報を利用してみずからダウ計算書,チャート記録,サイコロジカルライン計算書を作成し,このようにして得た知識を基に証券会社に株式売買を注文するので,別表10記載のとおり毎日平均数時間を執務時間から割いている。

3  原告が行った株式売買の回数,株数は前記のとおりであって,そのうち信用取引の占める割合は,売買回数,株数共に圧倒的に高い。また原告の資金調達先は別表9記載のとおりであり(当事者間に争いがない。),その後も年間1億数千万円を株式売買に投じているが,その収支は昭和53年にある程度の利益を得ただけで,昭和54年は2,577万7,880円,昭和55年は8,917万5,215円,昭和56年は3,029万0,790円と各損失を続け,なお昭和57年以後も,同年は約3,800万円,昭和58年は約1,100万円,昭和59年は約8,200万円の損失となっている。

五  右認定のとおり,原告が行った株式売買は営利性,反覆継続性を認めうるが,原告はもともと旭立電設の代表取締役が本業であり,主に同社からの収入を生活の資としている者であって,株式売買の注文と情報の入手整理は社長室でみずから行い,情報入手整理の手段は新聞雑誌や簡単な事務的機器の域を出ず,株式売買にあてる資金の大半は自己資金に等しい旭立電設からの借入金に依存していたものである。そして,原告は証券会社員の助言等を借りることなく一人で情報を分析し,執務時間のかなりの部分を株式売買に割いていたとはいえ,旭立電設の代表取締役として前記のような事業規模を有する同社の経営を維持してきたのであるから,株式売買はあくまで本業たる職務の片手間になされていたといわざるを得ず,株式売買にあてた資金額が同社の年間売上額を上回っていたことは右判断の妨げにはならない。

しかも,原告が行った株式売買の大部分である信用取引は投機性の高い取引であって,一時的には利益をあげることはあっても長時間これを行うときは損失を招くことが多く,現に原告が株式売買を始めた昭和53年には若干の利益があったものの,その後は係争各年を含め数年間いずれも莫大な損失を重ね続けていることは,このことを如実に裏づけている。

従って,原告がさしたる人的物的設備もなく,本業の片手間に行っていたかかる不安定な株式売買は,本人の主観的意図はともかくとして,事業としての社会的客観性を欠き,社会通念上営利を目的として継続的に行われる事業とは認めがたいというべきである。

そうすると,原告の株式売買による所得(損失)は事業所得ではなく雑所得となり,法69条1項,令198条によって,その計算上生じた損失の金額は他の各種所得の金額から控除できないことになる。

六  以上のとおり,被告が原告の株式売買による所得を事業所得でなく雑所得であるとしてした本件処分及び決定は,その限りで正当というべきであるが,原告は本件処分及び決定は被告の信義則違反によって違法であると主張する。ところで,本件の如き公法分野に属する租税法律関係について信義則の適用があるかどうかは,租税法律主義との関係から問題のあるところであるが,仮にその適用があるとした場合には,課税庁の誤った判断が表示され,相手方がこれを信頼することが無理からぬものと認められるような事情が存在することを要するものと解されるから,原告主張の各事実につきかかる要件があるかどうかについて検討することとする。

1  原告が本件係争各年分に先立つ昭和53年分の確定申告において株式売買による所得を事業所得として申告したのに対し,被告が更正処分をしなかったことは当事者間に争いがないところ,原告は被告が更正処分をしなかったのは原告の申告内容を是認したからであると主張する。しかし,原告の同年分の所得税が申告どおり確定したのは,更正についての法定期限が経過したことによる法的効果に過ぎない上,このようにして確定したのは課税標準と税額であって,課税標準の内容をなす所得の種類まで確定したことにはならないというべきであるから,被告が更正処分をしなかったことと,被告が原告の申告内容につきいかなる認識判断をしたかということとは何等関係がなく,右主張は失当である(なお,前記乙第22号証と弁論の全趣旨によれば原告の同年分の申告内容は大立電工の事業所得と株式売買による所得のいずれにも利益があったとして両者を合算して事業所得を計上したものであることが認められるが,事業所得と雑所得の計算方法には差異がないから,このような場合にはある所得が事業所得,雑所得のいずれであっても総所得金額や税額には何等変りがないことになる。従って,同年分の申告は仮に更正期間内であったとしても更正する必要がなかったものである。)。

また,原告が昭和54年度に大阪府から事業税を賦課されたことは当事者間に争いがなく,右事業税は原告の昭和53年分の所得のうち原告が税務官署に申告した事業所得を課税標準として賦課されたものであるが,これは府税当局が原告の所得税の確定申告書を閲覧又は記録した上,府が有する課税権限に基づき,独自の判断でなされたものであって(成立に争いがない乙第24号証によれば,府税当局は原告の事業を第一種事業である電気工事請負業と認定して課税したことが認められる。),右賦課に当って被告の判断が介入する余地はないから,この点に関する原告の主張も理由がない。

2  原告が係争各年の所得税について源泉徴収税額の還付を受けたことは当事者間に争いがないところ,原告は還付については原告の申告内容を相当とする判断がなされたものと信ずるのが当然であると主張する。しかし,源泉徴収税額の還付は申告書に法138条1項所定の金額の記載がある場合に,未納付税額があるときを除き形式的な審査を経てなされるものであって,還付に際し課税標準や税額の内容につき実質的調査がされるわけではなく,この点に関する課税庁の判断が表示されるものでもないから,右主張も失当である。

3  原告が昭和53年分以降の申告書に株式売買に関する申告書を毎回添付していたことは当事者間に争いがないところ,原告は右計算書から株式売買が原告の事業の支柱であることが一目瞭然であったと主張するが,株式売買が事業に該るか否かは前記のような諸般の事情に基づいて判断されるべき性質のものであり,右計算書の添付はこの点に関する被告の判断とは何等関係がないから,右主張はそれ自体失当である。

また,原告が昭和55年3月に雑所得については必要がない株式評価方法についての届出を行ったことは当事者間に争いがないところ,原告は右届出は被告担当官の指導によってしたものであるから本件申告を正当と信じた旨主張する。しかし,原告本人尋問の結果によっても被告担当官が原告の株式売買による所得を事業所得であると判断して右届出を指導したものとは認めがたいだけでなく,右届出が誤って受理されたからといってこの点に関する被告の判断がなされたことにはならないから,右主張も理由がない。

4  被告担当官が昭和54年5,6月頃旭立電設の法人税調査を行ったことは当事者間に争いがないところ,原告は右調査は代表者たる原告個人の所得税調査をも伴っていたのに,被告から原告に対し何等の指導もなされなかったと主張するが,仮に右調査が原告個人の所得税調査を伴っていたところで,この点に関して被告の指導がなかったことが原告の株式売買を事業と認めたことにつながるものではないから,右主張も失当である。

これを要するに,原告主張の各事実はいずれも信義則を適用するための要件を欠くものであるから,原告の信義則違反の主張は採用できない。

七  そこで,原告の係争各年における総所得金額及び税額について検討する。

1  総所得金額

(一)  事業所得,雑所得

前記乙第3,4号証,第8ないし第10号証,第15ないし第17号証,証人水野俊生の証言を総合すると,原告の申告にかかる前記総収入金額及び損失の金額は,確定申告書に添付の計算書(昭和54年分),青色申告決算書,収支集計表(昭和55,6年分)に基づいて別表6記載のとおり電気通信工事業による事業所得金額と株式売買による雑所得金額とに区分計算できることが認められる。なお,申告にかかる昭和54年分の事業税の額は,右事業所得金額の計算上も雑所得金額の計算上も経費とする余地がないから,右区分計算から除外すべきである。

右区分計算に関し,原告は,継続的な株式売買は年間を通じた総合計での収支を考えるべきであるから,継続的売買中の損失については所得の必要経費とすべきであると主張するが,右は必要経費と損失の概念を誤解しているものであり主張自体失当である。

(二)  その他の所得

係争各年の利子所得(昭和54年分を除く。),配当所得のうち丸大食品(昭和55年分),協和電設(昭和56年分)以外のもの,給与所得の内容と金額が別表7記載のとおりであること,昭和55年分の総合長期譲渡所得の内容と金額がゴルフ会員権の譲渡によるもので4万4,000円であることは,当事者間に争いがない。

右丸大食品,協和電設からの部当所得について考えるに,成立に争いがない甲第12号証,乙第13,第20,第25,6号証,原告本人尋問の結果を総合すると,丸大食品は昭和55年に原告名義の株式1万0,500株に対する配当金13万1,250円(源泉徴収税控除後)を,協和電設は昭和56年に原告名義の株式11万1,698株に対する配当金67万0,188円(右同)を支払っていが,これら株式の実質上の所有者は旭立電設であって,原告は同社の役員として名義上の株主となっているに過ぎないこと,現に丸大食品の右配当金は旭立電設の昭和55年事業年度決算書に受取配当金として計上されていることが認められ,協和電設の右配当金についても同様の処理がされているものと推認される。このように会社所有の株式が役員名義にされていてもその配当金は会社に帰属するから,これを名義人の配当所得とすることはできないものである(原告本人尋問の結果によると,原告は丸大食品の株式を借受けて株式売買の担保に提供していたことが窺われるが,このことは右認定の支障になるものではない。)。

そうすると,昭和55,6年分の配当所得は別表7記載の金額から丸大食品,協和電設分を除いた金額,即ち昭和55年分が476万1,000円,昭和56年分が410万2,500円である。

(三)  しかして,前記のとおり原告の株式売買による所得は雑所得であり,その計算上生じた損失の金額は他の各種所得の金額から控除することができないから,原告の総所得金額は右に認定した事業所得金額(昭和54年分はマイナス),利子所得金額(昭和54年分を除く。),配当所得金額,給与所得金額,総合長期譲渡所得金額(昭和55年分のみ)を損益通算した別表11の①欄記載の金額となる。

2  課税総所得金額は,右総所得金額から当事者間に争いがない申告にかかる別表11の⑧欄記載の所得控除額を差引いた同表の⑨欄記載の金額(1,000円未満の端数切捨て)であるから,これに対する所得税の額は同表の⑩欄記載の額であり,配当控除は右配当所得金額と課税総所得金額に基づき法92条を適用して計算した同表の⑪欄記載の金額,特別減税額(昭和56年分のみ)は当事者間に争いがない同表の⑬欄記載の金額,源泉徴収税額は当事者間に争いがない同表の⑭欄記載の金額(その内容は別表7記載のものから丸大食品,協和電設分を除いた分)である。

3  以上によれば,原告の前記課税総所得金額に対する差引納付税額は別表11の⑮欄記載の金額となるが,原告が各年分の所得税につき法120条1項6号に掲げる金額を記載した確定申告書を提出し,別表1ないし3の確定申告源泉徴収税額欄記載の金員の還付を受けたことは当事者間に争いがないから,右差引納付税額と還付を受けた額の合計額として,昭和54年分は364万1,200円,昭和55年分は453万6,500円,昭和56年分は889万1,500円(いずれも100円未満の端数切捨て)を納付すべきである。

また,以上の事実を前提にすると,原告に国税通則法65条2項にいう正当な理由があったと認められない本件にあっては,原告に賦課すべき過少申告加算税の額は別表11の⑯欄記載の金額となる。

八  してみると,原告の昭和54年分の所得税についての本件処分及び決定は何等違法がないが,昭和55年分の所得税についての本件処分及び決定(前記減額更正と変更決定後のもの)のうち,総所得金額1,740万2,471円,納付すべき所得税の額453万6,500円,過少申告加算税22万6,800円を超える部分,昭和56年分の所得税についての本件処分及び決定のうち,総所得金額2,568万4,338円,納付すべき所得税の額889万1,500円,過少申告加算税額44万4,500円を超える部分は違法であるから,右違法部分についての原告の請求は理由があり,これを取消すべきであるが,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

よって,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条,92条但書を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 筏津順子 裁判官 松田亨)

〈以下省略〉

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